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懐かしいな。

11年前に書いたこの記事の彼女の近況話。

高校時代の元親友がとうとう実家近所を離れ、恋人の実家に同棲することになったという話を共通の美容師さんから聞いた。

絶交してからもう20年近くが経つ。

当時紹介した美容師さんのところへ彼女は今も通ってくれているので、20年近く互いに直接話すことはなかったけれど、近況はたまに美容師さんから入ってくる。

彼女は父親違いの歳の離れた姉が2人いる、3人姉妹の末っ子。

私と境遇が似ている。

父母と動物が大好きな彼女。

学校も職場もずーっと自分の住んでいる江戸区から、区外や都外に出るのがあまり好きではないタイプで、江戸川区から品川区に引っ越しをするらしいが、離れると親が心配と言っていたそうな。

最近親が癌の治療もしたそうで。

美容師さんが心配そうな声で言ってきたから何だかカチン。

いやいや、うちの親も2人とも癌手術しているし。

母親は去年10月に肺がん手術したばかりだし。

なんて話は私はしないので、知る由もないから張り合っても意味はないからまた言わない。

そもそも癌なんて、ウイルス性じゃなければ大半の癌は生活習慣病だからな。

癌家系なんて言葉を履き違えて使っている人も多い。

癌が遺伝なんじゃなくて、同じ遺伝子で食事や運動など生活習慣が親子同じだから同じような病気になるんだよってのに。

そろそろ癌というと、『運動もせずに、好きなものだけを食べる自堕落生活長くしすぎちゃって、癌になちゃった!テヘペロ⭐︎』みたいにちょっと言ったら恥ずかしい淋病感染くらいに感じる世の中になった方がいいんじゃないかと思う。

とはいえ、私も泊まりに行ったり大変お世話になったから、彼女の両親の顔はよく覚えている。

だけど彼女の性格を知り尽くしている私は思わず鼻で笑いそうになってしまった。

親が心配?

私には心配したくなるような親はいない。

いるのは自分たちで完結できない、学ばない、人を頼ってばかりのくせに感謝のない毒親だけ。

ただ親子という立場で生まれてしまっただけなので、責務のまっとうを義務と思い今は冷静に付き合っている。

本当にどうしようもない、救いようのないうちの両親。

彼女には上に歳の離れた2人のお姉ちゃんがいて、かなりしっかりしたお姉さんだったことも覚えている。

それなのに、親が心配だから区外にでるのが不安って、はて?

高校1年性の時に休み時間にひとりでトイレにも行けないくらい、ものすごく甘えん坊気質な彼女だったから、心配になるくらい手塩に掛けて育てられた子なのかなとも思うが。

自分の甘え先の実家が遠くなるからだろう?と、よぎる。

他人の噂話。

どうでもいい話なのに、なぜモヤついたのか。

親が心配という感覚が私にはないから、イラッと嫉妬をしたのかもしれない。

腹違いの兄姉、歳の離れた末っ子、同じような境遇なのに、過干渉なくらい大事に育てられた依存気質の彼女と、厳しい支配的なネグレクトの環境で育った依存気質の私の対照的な家庭環境に嫉妬したのだろうなと冷静に分析してみる。

2年前、愛情の対義語は甘やかすという言葉を聞いてハッとした。

動物の世界から見ても愛のある躾とは、時に厳しくというくらい、厳しい世間を生き抜く術を教えることが愛なのだと今は確信している。

優しいというのも甘えや甘やかしの類義語に思うから、最近は優しい人と言われることが嬉しくない。

優しい人って、甘えも強い人と認識している。

必要なのは思いやりとか親切とか気遣いで、そこにたまの優しさ程度。

優しいだけの人って結局自分にも優しくしてほしいから自他に甘いだけ。

44歳、未婚、子なし、男と別れる時はいつも次の新しい男を見つけてデートを重ねて確実になってから乗り換える依存体質の彼女。

それでもいまだに親離れがまだできていなかったのか。

親が心配だから江戸川区から品川区に引っ越したくないって、笑いすぎて鼻くそ出そうになった。

百歩譲って、関西とか北海道とか遠方に引っ越すならとかならまだ分かる。

なんだかなぁ。

世の中想像以上に、こういう親子関係の実家住みとか実家近所住みが多いのかなぁ。

心配している口ぶりで、実は自分が甘えていると気づいていない大人。

私に足りないのは、人に頼るとか甘えることだとユタ様に言われたけれど。

これって必要なことなのだろうか?と、この話を聞いてから約10日ほどずっとモヤモヤ考えてしまっている。

ようやく築き上げた精神的自立。

自立心も自律心も打ち砕いてまでして甘えるほうが生きやすいのか?

精神的自立を果たした今の方が圧倒的に人生イージーモードになったと思えるのだが。

人に甘えて生きれる人って、それもある意味才能に見える。

自分でやってしまった方が早いし、気も遣わないし、期待した後のがっかりとかのストレスもないし、私にはもうできる気がしない。

依存はせずに適度に甘えるなんて、ちょうどいい塩梅は不器用な私には無理難題。

甘えと依存の境界線が分からない。

適度に甘えるなんて神技レベルよ。

甘える=苦行にすら思えてしまっている。

自分の範疇を超えない中で責任を持ち生きる。

そのために手を広げすぎない、欲をかきすぎない。

親のケツを拭くことは、育ててもらった感謝でも財産の期待でも甘えでもなく、ただ血の結びつきの縁である責任。

ただそれだけ。

親子で過干渉ごっこするのも、親子の縁を切りっぱなしで疎遠絶縁になっているのも、結局無責任な似たもの関係に感じる。

この家に生まれてきてしまった運命と縁と思うと、ある程度の感情は抜きにして、責任をとっている人ほどよほど大人だなと婚期も逃し男手1つで親の介護をしているお客さんと、実家暮らしで親の片方が死んで残りの親の介護が嫌だから婚活始めたと言ってしまう男性の人間性の差を目の当たりに見てきたので、彼女を20年顔を見ていなくてもスケルトンのように腹の中が見える。

なーにが、親が心配だよ。

胸くそ悪い話を聞かされちゃって、モヤモヤがちょっとイライラになりかけそうになったから、ここに吐き出しておく。

これでスッキリ。

もう引きずらない。

残念ながら私には親への愛も甘えもないから、心配心なんて湧いてこない。

遅くやってきたイヤイヤ期も反抗期も30代でやっと終えた。

親がうんこ垂れ流しや徘徊が始まっても、近隣住民へ頭を下げ謝罪する覚悟だけはできている。

お願いしたい時、困った時にだけしか連絡してこない親父。

口を開けば愚痴と悪口しか言わない、私の人格を否定してくる攻撃的な自己愛性パーソナリティ障害の母親。

心配するだけ自分の時間と人生の無駄。

親へあるのは子としての責任、それだけだわ。

 

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