今年の大阪出張イベントレッスンを無事最終日を迎えた翌朝、滋賀県だけのために滋賀へ向かう日帰り観光を計画。
昔から新幹線で通過するだけの県という印象だった滋賀県。
最後に残るのは鳥取県か滋賀県かという究極の2択レベルですっかり行く機会を失っていた。
そしてラスト47都道府県目となってようやく滋賀県に立ち寄ることを決め、前日にレンタカーを借りて参拝と観光を実施してきた。
念願の念願の!いざ!比叡山、延暦寺へ。
脳内で織田信長を思い浮かべ、ほら貝が鳴り響く。
浄土宗、浄土真宗、臨済宗、曹洞宗、日蓮宗など日本仏教各宗派を開いた祖師たちが修行された特別な場所。

日本全国を旅してきて、47都道府県目の大トリにふさわしい場所かなと思う。
滋賀県の観光というより、延暦寺が目的。
前日夜にルートを調べていたら、こりゃ何時間かかるかわからないくらいにとにかく広そうで。
場所も大きく3箇所に分かれていて、バスでは移動の効率悪い気がしたので、半日借りても4,000円ちょいのレンタカーを借りて周ることにした。
こういう時、車の免許を持っていて心の底から良かったなといつも思う。
朝の通勤ラッシュに重なりながら、大阪十三から比叡山坂本駅まで乗り換えも1回で済み、下車してニコニコレンタカーまで徒歩12〜3分。
ニコニコレンタカーにしては珍しく新車のレンタカーを借りられ、比叡山入りする前にまずは比叡山延暦寺の守護神であり、全国3800社の日吉・日枝・山王神社の総本宮日吉大社にてご挨拶を。

大中小様々な拝殿や社殿があり、1つ1つ参拝するだけでも距離もあり時間が必要。
晴れ予報の当日、日吉大社で参拝している最中に傘はいらない程度のパラつき雨。
神社で雨って、久高島の時同様、ググると神様の歓迎のサインって出てくるから何だか嬉しくなる。
先を急ぐ旅なので、それでもかなり広くて1時間弱ほど拝観。
御朱印をいただく社務所にて、去年奄美大島で知った神社の参拝時の唱え言葉がここにも貼られていた。

参拝時の決まり事って拍手のルールと、住所と名前と感謝を伝えてからということくらいしか知らなかった。
祝詞の存在を知ると、神社などでちゃんと自分の目にも入るようになるからカラーバス効果面白い。
正式な参拝方法は神社などによっても少し変わるけれど、奄美大島のユタ様も複数の祝詞を唱えてくださったことで祝詞を知ることができ、現在の居住地の氏神様である穴八幡宮の拝殿内にも略拝詞(りゃくはいし)の言葉が置かれていたので、祝詞は共通なのかなと、1つ1つ参拝するたびに気づきと学びの連続。
観光ついでに参拝していたような自分が、47都道府県ラストにしてようやく日本を知ったという感じもなんだかなぁ。
古来より伝承されてきた祝詞(のりと)には現実や未来を変える力があります。 神社でご祈祷を受ける際は神職の方が祝詞を奏上(…
お陰様で毎月のお朔参りで、右手を少し手前に引いて2回柏手(かしわで)を打ち、略拝詞(りゃくはいし)を3回唱えて帰ってくる習慣になり、今までの参拝はなんだったのかと思うほどだいぶマシにはなったと思うが、代々誰かに教わることもなかった参拝方法なだけに、もっと正しい参拝方法は強要されるのではないにしても幼少期などに教わり、後世に伝えていかねばならないものではないのだろうか?とモヤモヤする。
去年沖縄で出雲大社の分社の神職の方にも神社との関わり方なども教わり、日本人らしさもだいぶ板についてきたと思う。
心身清め、いざ車で入山。
西塔、東塔、横川中堂と3カ所それぞれがとにかく広くて。
ググると延暦寺の参拝と拝観の所要時間は3〜6時間と出てくる。
とは言っても各所の規模が未知過ぎて、果たして時間内に回り切れるのか?!と少し足早くでもゆっくりとじっくりと拝観させていただいた。
東塔入ってすぐ、写真撮影NGの国宝殿は素晴らしかった。
一部が延暦寺のHPのトップ画像にて見ることができる。
誰もいない館内で、決して多くはないけれど保存状態がとても良く、木製とは思えない大きな像がこちらを睨みつけてきたらホラーだななんて思うくらいカッコ良く不気味且つ迫力満点の展示品の数々は圧巻すぎて結構長居してしまった。
国宝や重要文化財になっているものは撮影禁止のものが多く、この目に焼き付けておかないといけないところが国内外問わず本当に多い。
だからこの場所の凄さ、素晴らしさ、心身浄化、覚醒、人生の修行と感謝など、行った人にしかわからない画像にも残すことができないから尚更伝えることが難しい南無。
総本堂にあたる東塔の根本中堂は今年改修が終わるのかなと心待ちにしていたのだけれど、残念ながら令和10年となっていたので、また生きているうちにいつか・・・になってしまった。
国宝殿を見た後、真っ直ぐ進み突き当たりを右と左どちらから行くのが正解か分からず、とりあえず右へ。
出だしからキッツイ山道。
阿弥陀堂。
上り坂と階段の多さで気合が必要。

こちらは大講堂。
天台宗の総本山くらいの気持ちで来たので、あれ?曹洞宗の道元禅師がなぜここに?なんて本当の凄さを理解しきれていなかった。
あぁここ、とんでもなく凄いところだわと気づくの遅すぎ。
衝撃が大きすぎる。
各宗派の宗祖の木像がまつられ、釈迦や高僧の肖像画がものすごい迫力だった。
1つ1つどこの伽藍(がらん)も大きく、全国にある有名なお寺がいくつも集結しているような規模で、まるで参拝のハシゴをしているかのよう。

11時頃に東塔に着いてから、すでに2時間経過。
時間足りるのだろうか?と思いつつも、腹が減っては戦はできぬ。
一隅会館にてお蕎麦屋さんを発見。
これを逃したら西塔と横川に食事場所がある気がしないので、ささっと済ませることに。
湯葉に山菜入りのお蕎麦を注文するなんて、人生で初めて。
ここで揚げ物などガッツリ系を食べたら体が重くなって階段上り下りしんどくなるなとか、券売機の前でしばし考え込む。
食べたいものを食べるのではなく、血糖値スパイクを起こさぬように、リスクを減らしつつでも栄養も摂りたい思考を張り巡らせる。
少しでもたんぱく質などの栄養を摂りたくて、我ながらのチョイスに渋さと老いを感じる。

胡麻団子とお抹茶。
隣の売店でちゃっかりしっかり食後の別腹までいただくところが食欲の意地。

車で西塔へ移動。
巡拝受付から奥の釈迦堂(転法輪堂)までの道のりも遠いこと。
どこも境内の中があまりに広く、途中で紙芝居のような絵と解説があり、さらに見入って時間が足りない。
釈迦伝3の苦行なんてもはや生きる屍。
29歳で出家、6年後の35歳で悟りに達したお釈迦様。
悟り苦行6年にして解脱が悟りへの道ではないことに気が付く時点でそれが悟り?
嫌な言い方をすれば6年頑張ったけれど、苦行では悟れない、違った失敗だということか。
失敗だらけで嘆き落ちぶれた人生だった私も、今は頑張りすぎることがダメだったのだと悟り、生きることがラクで楽しくて幸せを全身で感じながら生きれているから、苦行や失敗は無駄ではないことだったなと心から思う。
共感力が高過ぎてお釈迦様にまで共感してしまうわ。
ラストの地、横川へ車で移動。
正月明けて3連休も明けたばかりの平日だったせいか、西塔と横川はほぼ人がいなかった。
四季講堂(元三大師堂)にて、角大師(つのだいし)の護符を授かり。
我が家の曹洞宗の開祖、道元禅師得度の地なる場所を地図上に発見。
いざ階段の前まで来ると、地図とは異なり全く階下のゴールが見えない。
時刻は15時20分。
延暦寺全体の閉堂時刻は16時。
途中まで降りて後悔するやつか?と思いつつも後で後悔したくない。
かなりの階段数を降り、ようやく辿り着いた場所は山の内側のような場所で。
得度だからお墓でもないから参拝とも違うから、来てみたもののどうしたものかと悩む。

道元禅師といえば永平寺とセットくらいに思い込んでいたけれど、出家し修行した場所と思うと、急に何かしたくなり、修行といえば掃除みたいな浅い思いつきで謎に掃除をして、ここで私も人生の大きな決意を伝えてきた。
大きな夢が叶ったら、またここへ来る。
そのために頑張るぞと、力が漲ってきた。
最後の力を振り絞っての登り階段が1番きつかった。
横川の駐車場に戻ってきたのが15時59分。
なんとか全部まわってギリギリ間に合った。
ひとり車で廻っても約5時間もかかった。
8~9割方は参拝と拝観することができたと思う。

雪残る山中、すっかり冷えた身体を温めに車で約20分、おごと温泉、湯元館の日帰り入浴へ。
日没前の明るい景色からゆっくり日が沈み夜景へと変わる景色を楽しんでいたら、眺望大浴場の景色の右側がギラギラ看板のソープランドで思わず笑った。
レンタカーを返却する帰り道に、ソープランド街をぐるっと一周してみたけれど建物がどこも新しい雰囲気で驚いた。
建物内部は古いのだろうか?
県が変われば条例も違うから滋賀県は緩いのだろうか?
仏教の各宗派の開祖の師などによる修行の聖地のお膝元には煩悩にまみれたソープランド。
2009年公開の映画、『禅 ZEN』の中で、修行の身にありながら、遊女おりんに欲情してしまった者がいたなと思い出した。
こういう煩悩や人間らしい弱さ感じらるところ大好きだわ。
朝6時半に起きて、10時にレンタカーを借りて約8時間半の滋賀県弾丸旅。
歩数見たら1日で2万歩超えてた。
それでも帰りの新幹線で寝落ちも爆睡もすることもないくらいに血糖値も自律神経も安定管理できるようになって、ちょっとハードな山道参拝もこなせるくらいに健康になれたことに感謝感激。
眠気も睡魔もだるさも全て体調管理は自分次第ということをこの年齢になってようやく知った。
もっと早く知っていたら会社員時代も病むこともなかっただろうにな。
行動するたびに失敗まみれで、あらゆる不調を経験し、無駄かと思っていた全てが私の糧となり人生。
私には社会不適合者として生きる道が正解だったのかもな。
最近は人に嫌われたり去られると、人生ワクワクしてくるくらいの変態あたおかに成長した。
私の話す内容が不快なら、どうぞさようならってね。
人の顔色伺ってまでして好かれようなんて思わなくなった。
他人は変えられない、変えられるのは自分だけ。
変わる必要も努力もいらなかったんだ。

これにて47都道府県制覇!!
出稼ぎで行ったり、出張レッスンで呼んでいただいたり。
風俗嬢をしていなかったら絶対にコンプリートできていなかったと思う。
全国各地に行く機会をくださった方々に感謝。
旅はこれで終わりじゃないけれど。
本当にどうもありがとうございました。
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