このブログを書き始めて早いもので丸7年が過ぎた。
親と絶縁し、家を飛び出したことで住民税未払い放置をやらかし給料差し押さえられて、精神破綻して昼職をクビになり、気づけば風俗嬢になって早7年。
このブログで仕事の鬱憤を晴らしながら、自分の人生の失敗を振り返り続けた。
だいぶ言いたいことも文字にできたし、言ってスッキリすることもあれば、言語化することで新たな自分の気持ちにも気が付けたりと、私をかなり成長させてくれたこのブログ。
最近、成長した(と思っている)私は、子供の頃から辛かったという話をして母と対峙している。
いきなりたくさんの動画を見せても混乱するだけで理解できないと思うので、心理カウンセラーさんが代弁してくれている動画で今1番気づいてほしい内容のものをそのまま母に見せてみた。
YouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと…
すると思い出したかのように、自分も母親からずーっと旦那の悪口を聞かされてて嫌だなーと子供の頃から思っていたのに、同じことをいつの間にかしてしまっていたんだねって、初めて自覚が芽生えたようだった。
母は愚痴くらい聞いてよっていつも正当化したような言い方するけど、内容はいつも同じ。
正月の栗きんとん事件と、退院祝いのうなぎ事件と、親父のラーメンレシピ事件と、最近追加してマグロ未払い事件。
内容は割愛するが、それぞれここ3年前後だけでも50回くらいずつは聞いている。
会うたびに1つのこともあれば全部の事件の話をしてきたりと、とにかくしつこすぎる。
『お母さん、同じ愚痴話も3回越えればただの悪口だよ。』って最近は言い切るようにし止めている。
悪口が聞いてもらえないとわかると、今度は自分がどれだけ苦労してきたのか自慢と被害者自慢が始まる。
この動画の後にも母は『私はお前の親父にレイプされたんだ!!』と突然言い始めた。
上野にあった都営住宅育ちなのだけども、向かいにあった教員専用の団地に住んでいる人に犯されたこともあるとか、母の49歳で死んだ妹も同じ団地入り口の雑貨屋の息子と婚約していたのに、犯されて破談になったんだとか。
最近こんな話ばっかり。
最悪なのは未成年の孫たちにも下ネタ?年寄りの色恋ネタ?を話すようになってきたらしいこと。
若い子供たちに話すなんて気持ち悪くてドン引き。
色欲が強いのか?性嫌悪が強いのか?
どっちなんだろ。
ラブホテルのことも1度もラブホテル言ったことがない母。
いっつも私が子供の頃から『連れ込みホテル』と言う。
なにか『ラブホテル』と言えないトラウマでもあるんだろうか?
高齢者になって脳の制御ができなくなると下ネタ話に恥を感じなくなるだろうか?
母は『私は15歳からずっと働き詰めで大変だった』ってまた言ってきたので、『何言ってんのよ。私だって中学卒業と同時に15歳から働いたわ。』って言ったら15歳のいつからだとか聞いてきて。
『私は15歳の中学生から働いてたんだ』だとお得意のマウンティング。笑
私も売り言葉に買い言葉。
『時代が違うだろーが!!私が中学生のうちから働いたら違法な時代だっての。』
似たもの親子なんだろな。
それにしても自分を被害者に見せたり、辛い人生だったと自慢して、何が得られるんだろう?
会話の内容が母親という自覚ゼロ。
動画内で言っているように、母は子供に話すのではなく、全て友達にするべき内容の話なんだよ。
子供のころ、親父に絞め殺されそうになった時も上の子たち3人は庇って助けてくれたけど、あんただけは助けてくれなかったっていつも言われて育ってきた。
小学校3年とか4年生とかでなぜ夫婦喧嘩の間に入って庇わなきゃいけないのか?
そもそも親が酒飲んで暴れている真夜中の夫婦喧嘩が何かもよくわかっていなかった年齢だよ。
だけど母からしたら私は、母親を助けなかった悪い子なのだろうね。
そういえば、母は15歳から働いている私すごい頑張ってる自慢してきたけど、よく考えてみたら私10歳から働かさせられていたわ。
幼稚園に入る前の幼児の頃、ゴミ箱にゴミを捨てることが楽しかったお年頃で、封筒に入っていた100万円が何かもわからずにゴミ箱に捨ててしまったらしい。
今思えば捨てた証拠もないんだけど。
1日100万円を売り上げるほどのバブリーだった時代だから、大騒ぎにまではならなかったみたいだけど、景気が傾き始めた頃、私が10歳くらいになった時にあの頃の100万円を返済するように言われた。
そして私は劇団に入らされて子役という仕事を始めた。
お仕事が入れば学校を休んで撮影に行く。
学校は嫌いな方だったから休めることは嬉しかった。
これ毎日の労働とは言えないけど、10歳から働かせられているだろって思うんだけど。
今度また15歳から働いていたって言ってきたら、私は10歳から親の指示で100万円返済しろと言って働かせられていたっけって言おう。
労働のうちに入らないとか、言い訳して誤魔化すのが想像つくけど。
改めて思い出しても私って10歳から返済人生なんだな。
当然ながら生まれてから10歳までは借金はしていない。
その後クレジットカードを持ち始めた18歳から5年くらい自転車操業して。
20代前半で自己破産。
約7年はクレジットカードを作れず大人しくしていたけど、勤めていたデパートで社員証を使うと従業員割引価格で給料天引きできる社内限定の魔法のカードという錯覚で使いまくり、15万円程度のお給料はいつも天引きで手取りは3万円くらいになっていた。
お金を貯めるという思考と行動は私には不可能なんだわ。
7年経って30歳も過ぎた頃、海外旅行へ行くのにクレジットカードがないと不便だからという理由で、母親の名前で勝手にクレジットカードを作るという暴挙にでた。
当然、風俗嬢になってから母のカードは全額完済して解約し終えてはいる。
我ながら文字にするとすごいドン引きというか、病的な借金趣味。
40年間のうち、生まれてから10歳までと、自己破産後の7年間以外ずっと返済し続けている私の人生。
返済が生きがいという感覚?価値観?なるべくして染み付いたって感じがする。
親から愛されなかったことにより何かが欠落しているのか、単なる心の病気なのか。
私はなんでこんなにも借金がしたいのだろう。
コロナ禍で仕事が激減し、ようやく返済のキツさに気がつき始めて、完済目指そうと試行錯誤はしている。
でもまた借金しないとは限らない。
返済するための金利を考えると、私は多分ひとりで家も車も買えたと思う。
それくらいは稼いできている気がする。
それが金利手数料に消えていっているわけだから、普通の人からしたらドン引きだよな。
一体私の何が欠落しているのだろうか。
ただの算数LDなだけ?
心の何を埋めたら私の人生軌道修正できるのだろう。
母を責めているわけではないけれど、子供の頃の辛かったことを母に伝えることで少し気が晴れるかと思ったけど、そんなことなかった。
言いくるめたような気になっているだけ。
結局お母さんがしてきたマウンティング行為と変わらない。
私に毒親動画を見せられて、相当効いた感じもする。
動画の後、話し合って一緒に泣き喚きあった。
でも心底自分のことしか考えられない母。
1ミリも相手の気持ちになって物事を考えられない。
自分の大変だったことを正当化してアピールをするばかり。
そんなことを聞きたいんじゃない。
これは痴呆症が原因じゃないな。
母からかなりひどい発達障害を感じた。
自分もアダルトチルドレンとして育ったから、子供だったことがないんだろうな。
だから子供の気持ちがわからない。
できるだけ親父の悪口を私に向かって言わないように気をつけているアピールはしてくるようになった。
だけどそのせいで母の中での鬱憤がたまったのか?
他の兄姉に私の悪口を言いまくっている連絡が兄からきた。
サラリーマンの兄から昼間の仕事中に母から何度もしつこく着信があって、緊急事態かと思って折り返したら私の悪口オンパレードだったとキレて私に連絡してきた。
喚いてたけど、何か話したのか?って。
昔から変わらず相手の都合とか仕事中もおかまいなし。
親父がボケててやばいとか、また嘘をついているとか言ってきたから『お父さんは虚言癖持ちだってわかっていることなのに、なんで毎回毎回お母さんはお父さんの言うことを信じて鵜呑みにして騙されているの?親父がボケているか虚言なのかの違いがわからないお母さんの方がやばいよ?いっぺん脳の検査しに病院行こうか?』って言った。
兄、笑うしかない。
去年〜今年の冬は、姉がターゲットロックオンされていたけど、どうやら春から夏にかけては私が再びのターゲットになりそうだな。
コロナ後遺症に苦しんでいたから、今月初めに心配して外に連れ出して桜散歩と栄養療法取り入れたろうと私の家へ1泊してもらった。
私オキニ入りの行きつけサウナへも行って。
車を持っていないから、77歳のばーさんを後ろに乗せて、漁港や修善寺温泉方面やらへ初ツーリング。
バイク買ってから初めての2人乗りが毒親のばあさんとは。
どうせなら可愛い女子後ろに乗せて走りたかったなぁ〜。
2ケツしたことあるかって聞いたら、20歳くらいの頃、男の後ろに乗って海に行ったことはあるって言い出した。
半世紀ぶりの2ケツか。
まさか娘の後ろに乗せてもらう日が来るなんて思いもしなかったろうに。
トンネルは怖くて目をつぶってたってさ。
コロナ感染隔離明け1週間後に接種したコロナワクチン3回目のダメージが結構きつかったみたいで。
アドレナリンで脳への刺激活性化して、若返ってくれたらいいんだけどな。
もう無理かな。
これだけ笑顔と満喫した2日間にしたつもりだったのに、私の悪口言いふらしまくり。笑
こうなったら開き直って、少しでも母の頭が理解できるうちに私は小学5年生の頃からずっと死にたかったんだって話もしてみようかな。
何か言ってもらえることは期待していないけど。
言ったところで何かが変わるわけでもない。
それでも母が生きているうちに知っておいてほしいってなぜか無性に思う。
なぜだろう。
痴呆症の始まり感に私が焦っているのかな。
できることなら死にたいとよく感じていたことも、人生の半分以上が借金返済の人生であることも、風俗嬢の仕事が1番長くなったことも吐き出したい。
栄養療法のおかげで死にたみは嘘みたいに消えたけれど。
カミングアウトしたら、ちょっとだけ自分の肯定感とか無価値でも生きてていいんだよって自分を労ってあげられる気がしてる。
そんなわけないのにね。
自己肯定感も無価値感も誰かに埋めてもらうものじゃないってやっとわかってきた。
自分で行動して、自分で癒して、満たしていくしかないってわかってはいる。
だけど死んでからじゃ後悔しかなくなる。
あの時言っておけばよかったって思いながら生きるのは好きじゃない。
我ながら相当エゴが強い生き物だなって思うわ。
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