嫌われマン子の半生

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ダイエットで和食頻度を増やして約3ヶ月半。

古典的な和食に完全どハマりしたので、20年前の調理師学校時代の料理の教科書などを取りに7ヶ月ぶりに実家へ。

最近ぬか漬けも始め、漬物の本も欲しいなと思っていたのだけれど、20年前にすでに買って持っていたのを見つけ、食への興味はずっと変わっていなかったのだなと捨てずに押し入れに保管しておいた自分、グッジョブ。

押入れの奥から本を出し漁ったせいで、翌日から喉痛発動。

アレルギー体質によるハウスダストが原因。

咳喘息発作が若干でてしまったのだけれど、もうこれでほぼ実家に私の私物は残っていないから埃をかぶることもないし、実家未練もなければ帰る理由もなくなった。

腰の激痛に耐えかねて硬膜外ブロック注射を打ったら一発でかなり効いたので、自分の誕生日当日だし、軽快な足取りに気分良く3年ぶりに大好きな鰻屋さんでランチを食べてから実家に立ち寄った。

母とは顔を合わせたくなかったけれど、この半年で精神的にもかなり自立して成長し動揺もしなくなっているであろう自分の反応も試したかったので対面を決心した。

腰部脊柱管狭窄症再発中の父にブロック注射の効果を話していると、横から母が何度もディスりネタで話に入ってこようとするがこちらはもうかなり大丈夫。

この数ヶ月たくさん毒母関連の本を読み漁り、運動と食事改善と、性格を不安定にさせるホルモンについての知識もつけて試行錯誤の人体実験、メンヘラもメンブレも情緒不安定も起こりにくくなるほどには心身鍛えられてきた。

父との話の腰を折ってまでして、誰かの愚痴と悪口を言い続けてきたので、ランチに久々の八つ目鰻食べることができて幸せって話で話題を変えてみたが、どんな話題をこちらから振ったところで無駄、逆効果だった。

『あら、私たち(父母)にご馳走はないわけね。あ、あんたにご馳走になるとあとのお返しが怖いから要らないわ。』って言われた。

この親はなんなのだろうな。

私を産んだ日すら覚えていないのか。

せめて割り勘でいいから、一緒に楽しくお食事しましょうよとか誘えないのかよ。

ご馳走しろとかするとか、本当に面倒臭い駆け引き。

みんな裕福なわけではないのだから、家族であろうと別に割り勘でいいじゃないか。

お盆生まれの兄には兄家族4人と墓参りに行って、帰りに焼肉だのレストランなどで毎年母がご馳走して帰って来ているくせに。

なぜ?自分の誕生日なのに。

お祝い飯を食べてきただけなのに。

百歩譲ってふーんで終わるならまだしも。

なんで私ばかり親にご馳走しないといけないの?

兄姉3人とも私以外は全員持ち家だってあるし、母は家2軒も所有していて資産というものを1つも持っていないレベルで本当の貧乏人は私だけなのに。

鰻食べただけで小金持っていると勘違いしてやがる。

気分よくひとりで食事楽しんで来た話をして、なぜ気分を落とさせられなきゃいけないのか。

思えば、昔からそうだ。

嫉妬の自覚がない、心底人間として終わっている。

もはや餓鬼道に半分落ちかけて、常に強欲で飢え苦しむ人間の形をした何か。

自分の親ながら、気の毒な人間よ。

楽しいとか嬉しいとか喜びとか美味しいとかプラスの感情を共有することで、今度一緒に行こうという話になるか反応を伺おうと思うこと自体、まだ心のどこかで母親に期待をしてしまったのかもしれない。

去年までの私だったら、カチンと来てすぐ反応して言い返していたけれど。

母からの攻撃に反応せず、スルーをすることができるように成長した。

反応してしまえば、私に向けられた言葉として受け取ったことになってしまうから反応示さず無視。

見境なく誰にでも攻撃言葉を吐く暴君なのだから、いちいち反応していては私も餓鬼道に連れて行かれてしまう。

自分への攻撃言葉として受け取らないために徹底的に無視をした。

43年目にして親の暴言をスルーするスキルをようやっっっと手に入れたのだ。

兄だけが可愛いのか、長男だし後継だから媚び売りして弱みなのか。

もうどうでもいい。

今は私が私を大切にしてあげているから。

親に大切にされていないからといって飛び降りたくなる衝動も今回はでなかったし、メンブレ起こさなかっただけでも約半年で相当成長したと思う。

メンクリのカウンセラーさんにこの話をしたら、『えぇぇーそれはひどい発言ですねー』って普段ほとんど反応してくれないで『うんうん』と黙って聞いてくれているだけのカウンセラーさんが反応してくれただけでも少し救われた気がした。

切るに切れず、親子関係を断ち切れない意志の弱い私。

私の弱さであり甘え。

ほんの少しの共感を誰かにもらえるだけで救われた。

たくさんの毒母関連本を読んだお陰で、私が悪いわけでもないし、母が悪いわけでもない。

たまたま親子だけれど人間としての相性が悪かっただけという言葉に救われた。

母と相性の合う人間なんてこの世にいるのかよって思うけどね。

と、そう思う私自身にもブーメラン刺さる。

親子は鏡。

自分の親に対して思うことは自分も同じ習性をしている可能性大と思うと、私を拾って身請けしてくれる人なんて人間界にはいるわけないわな。

人のふり見て我がふり直せなんていうけれど、親子共通の欠点を治すのは至難の業。

だって身近な見本がそれしかいないし、知らないのだから。

母や私のように共依存が強すぎる性質で、心が自立していないまま大人になると、誰かに愛情を求めすぎて『私のことわかって』とか『なんでわかってくれないの?』という気持ちが強く出過ぎてしまう。

それが家族だとなおさらで、親子の関係もめちゃくちゃになる。

でももうそんなしんどい関係とはおさらばだ。

嫌われようが憎まれようがもう知ったことじゃない。

毒家族ごっこから離脱する。

本当の意味で私の心は自立したのだ。

顔を合わせても動揺も同情もしない。

愛されていないのだから、親に向けた情けも愛情もない。

父の腰痛を心配して色んな治療情報調べて伝えても、態度には出さなくても行動しない姿がもううざがられている気しかしないし。

多分、余計なお世話なのだなと察したのでもう何も言わないし連絡もやめた。

実家に料理本を取りに行ったその時に、中高生時代のアルバムがバサっと出てきたのでそれらも全て引き取ってきた。

懐かしい。

幼稚園から小中高専門まで、学生時代なんていつもいい思い出なんてほとんどない。

友達と呼びたい人にはいつの間にか嫌われて、友達だと思っていた人にはいじめられ、友達になりたい人は憧れだけで友達として扱われずに終わる。

はて?友達とは?

卒業すればいつもそれっきり。

良い記憶なんて残ってない。

学生時代の友情なんて呆気ないものよ。

だけど、中学生時代の私のアルバムは予想外にどの写真も笑っていた。

なんだ。楽しかった記憶もせめて写真を撮る時だけでもあったんじゃないか。

少なくとも写真に一緒に写ってくれる仲間はいたんだ。

普段幸せホルモンが出にくいネガティブ体質の人間は、写真を撮っておくと多少の救いにはなるかもしれないね。

少なくとも自分の笑っていた過去を見れて、少し救われた。

写真を大切に保管していてよかった。

自分の脳内記憶だと、裏切られたり雑に扱われて傷ついた時の記憶の方が鮮明過ぎて、笑顔の時の記憶のが断然薄い。

記憶力の問題か、脳内ホルモンの悪さのせいか。

中学時代ほどではないけれど、高校時代のアルバムも1年時だけあった。

高校1年生の最後の頃に、クラスメイトに当時流行っていた個人情報などを書くプロフィール帳を書き込んでもらったものが出てきた。

20年以上の時を経て、大人になった今の理解力で読んでみたが、私は当時から疎まれていた存在だと気がついた。

ノートの1番上にある『第一印象は、』は私の第一印象のことなのだけど。

 

 

『ちょっと怖そうな人』

『すっごくうるさい子(あかるい)』

『はっきゆって、うるせ〜って思っちゃった』

『態度の悪い子』

『明るいけどちょっとさみしそう?』

なんて空気も読めない自己中女だったのかと。

めちゃくちゃ嫌われていたのだな。

上の段の真ん中は、入学してすぐ7〜8人のカースト上位みたいな女子グループに運良く入れたのだけど、GW明けた頃からある日突然全員から総スカンの無視いじめが始まった。

その首謀者の女が書いたものも出てきた。

『キミとはいろいろあったね』って、お前がボスザルになって周りに無視しろって命令したんだろって突っ込みたいところではある。

私もよくそんな女に書いてって渡したなと思うけれど。

そういうところが発達障害っぽいのか。

今度こそ本当の友達ができたような気がして、しかも女子複数グループに入れたことが人生で初めてで嬉し過ぎて調子に乗って毎日ハイテンションだったのを覚えている。

今思えば病的な躁状態にも思えるレベル。

それで『あいつ調子に乗っているから無視な』から始まった。

以来、3年間まともに友達と呼べる相手はおろか、クラス替えは1度しかなくて高2高3は一緒にお弁当食べる相手もできず、挨拶も一言も誰とも口を聞かずに帰宅するだけの日々が地獄だった。

いじめる側に問題があるってよくいうけれど、確かにいじめはする方が悪い。

だけど、私みたいに幼稚園からずっと特定の友人もおらず、影も印象も薄く、関心ももたれない、もし関心を持たれても大抵数回以内には飽きられて捨てられて、社会に出ても職場いじめや嫌がらせなど、どこへ行っても普通じゃない扱いで、人間関係トラブル起きるのは完全に私の存在が悪い。

生きているだけで誰かの迷惑になっている。

不快にさせている。

同業ジャンルの女性にもマウント嫌味ブログとかエアリプっぽいツイートもたまに目に入ってしまう。

そりゃ結婚どころか、恋人も友達だって無理ゲーなわけだわってようやく納得したわ。

学生時代の振り返りを見て、今の現実を理解した。

人を不快にさせる存在、何も変わっていない。

性格が暑苦しすぎて、1年に1回会う程度の遠い親戚みたいな距離感がちょうどいい的なキャラなのかもな。

中学時代のアルバム見ていると、先生でも友達でも男女問わず誰にでも腕を組んで写真を撮っている姿が距離感ヤバ過ぎで。

愛情飢餓や寂しさの表れのような気がしてちょっと苦しくなった。

社会人になって以降は、人に触られるのを嫌う傾向の方が強くなっていったのに。

14歳前後のあの頃は、多分ハグされたかったのだと思う。

人に裏切られたり、いじめられたりされるたびに、人間不信が大きくなって自然と物理的にも距離おくようになったのかもな。

最初このアルバムを見た時は泣きそうになったけど、メンタルゴリ強になった今の状態では、結構開き直れている。

好きになるのも、嫌いになるのも、みんなそれぞれ自由だ。

長男長女と違って、待望の子として生まれてきたわけじゃない末っ子なんて。

失敗作呼ばわり?愛着湧かない?

ふんっ!家族に疎まれ嫌われて、結構毛だらけなんぼのもんよ。

誰にも必要とされていなくたって、世界中が敵になったって、嫌われまくったって、どうしようもなくなっても自分で自分を大切にできるだけのセルフ慈愛精神見つけたから。

今月は仕事が激暇だけど。

前の私ならすぐ弱って病んで腐りかけていたけれど、レッスンも必要とされなくなったのなら転職活動はじめればいいじゃんって。

指咥えて病んで黙って寝ていても、家に置いておいてくれる人はいないんだ。

年老いると、落ち込んでいる暇なんてものはない。

仕事が暇なら知識を増やすとか、運動してホルモン増やすとか、何よりも自分のために丁寧に料理をすることで、今ものすごく自分を大切にしてあげている感を感じている。

自分に栄養を与えていると、自分を育てている感の愛情が湧いてくる。

10歳頃から飯炊きさせられ、美味しいと笑顔で言われると承認欲求満たされて、自然と料理の道を志したから、食事を誰かのために作ってばかりいると自分の存在価値がそれしかないような錯覚になってた。

たまには私を大切に思ってくれる人に愛情こもった手料理を作ってもらいたかった。

でももうそんな気持ちも失せた。

今、自分で自分のために愛情こもった栄養バランス考えた食養生をしていることで、ものすごく自分を大切にしている感が養われているのだから。

欲で食べるのではなく、体の細胞が欲している栄養を与えている感じ。

ボディビルダーが筋肉に栄養を与えて育てている感じの思考と似ている。

30代で精神破綻して、毎朝パン食して副腎疲労で動けなくなり会社クビになって、めんどうくさいが口癖で、今思えば小麦と乳製品のせいで過敏性腸症候群にもなり、何か食べると下すようになって、家にいる間は基本的に寝たきり引きこもりみたいなだるい人生送っていて、夜中になると得体の知れない恐怖で動悸と脂汗が起こり希死念慮に苦しみ、なんとか気力で風俗だけなら短時間だしと働くことができた。

だけど体を何度も何度も洗いまくるせいで、良い常在菌も減りバランスが崩れて風邪ばかり引きやすくなって回復する免疫力も弱く、栄養ある食事も摂っていないからますます不調を極めた。

栄養取らなくちゃと、栄養素の少ないパスタなどの精製食品を2人前とか血糖値爆上げ食後に昼寝がセットの食べ方が普通になって。

結果、質的栄養失調に陥った過食デブのできあがり。

プロフィールページの簡単な自己紹介に当時の偏食事問題を当てはめて解説するとぴったりしっくりだわ。

お陰で気がついたら10年もこの業界に居座ってしまった。

ADHDに多いらしい、お腹痛くなる腹12分目まで食べまくるむちゃ食い障害で、絶不調を長く極めて生活習慣病のオンパレードに約10年で30キロ近く増量もして、人生も結婚も健康も何もかも無駄にした。

軽い不調すら見落としてはいけない、本当の意味での心と体の栄養バランスの大切さをもっと早く知りたかった。

せめて10年前に分子栄養学と東洋医学に出会いたかった。

とはいえ、40過ぎて教えてもらえたことにもきっと意味があるはず。

長年の悪習慣が急に改善するわけないけれど。

まだまだ不安定ではあるけれど、体に合わない食材を排除することでようやく栄養も吸収できる体に整ってきたとは思う。

今のコンディションが年齢相応に一般的普通の状態なのだろうなと。

心も体も自分の機嫌は自分でとっていくスタイルで生きる。

もう誰かに振り回されたくない。

親の顔色?家族の機嫌?友達だった人が翌日にはいじめる側に回る、そんな平気で人を裏切るような薄い友人もパートナーも要らん。

もうね、趣味友とかネッ友で十分じゃんかと悟る。

誰に嫌われようとブレない心を手に入れた。(多分)

そもそも風俗嬢をやっている時点で、きっと世界中の大半の人間からは差別され嫌われて生きているのだから、今更気にしたってしょうがないのだよね。

そこにただ自分の性格の問題が重なっただけってね。

昔から嫌われていた。

嫌われ体質が今に始まった事ではないとしれただけで気が楽になったわ。

あぁ、私って万人受けしないクセ強系なんだなって。

他人の評価なんてもう気にしない。

必要とされればその人のために頑張るだけ。

必要とされなくなればそこから去るだけ。

まるで夜鷹のように、ずっと底辺にいる社会不適合者なのに。

10年で気持ちだけは無駄に孤高のまんこになっていて笑っちゃうね。

 

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