兄弟という他人

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姉夫婦は飲食店を経営している。

いつも家族の試食会には参加させてもらっていたのだけど、どうしても食べてみたいメニューがあったのでお客として店に食べに行った際、ちょっと思うところがあったので生意気にも『まだ改善の余地ありだね』なんてつい偉そうに言ってしまった。

『言ってくれてありがとう』とは言ってくれたけど。

普段から飲食店を一緒に食べ歩いたり、食をテーマに議論する仲間だからこそつい調子に乗った。

これって私はダメ出しをしてくれる人をありがたいと思う派だけど、無理派もいるよなぁと冷静になって後から考えたらちょっと後悔した。

その後、2回ほどすれ違うというか、家に遊びに行っても会話することもなく出かけていく姉旦那。

ちょっと言いすぎたかなと心配になり、姉に『私、姉旦那くんに避けられてるような気がするんだけど』とLINEで言ったところ、すぐさま近くにいた旦那に聞いたけど別に避けてないってよという返信が返ってきた。

なんてデリカシーがないのだろうかと思い『え、いきなり直接?!聞くことないじゃん』とびっくりの私。

するとキレ気味の姉から『彼は私の旦那だ!!!』との返信がきた。

あ、そういうつもりで言ったわけじゃないのだけど。

いや、どういう勘違いされたのかわからないのだけど。

でもひとつこの言葉で痛感したのは、私は姉にとって家族じゃないってこと。

4年ほど前、母に絶縁強制解除された後から、兄や姉たちに、私は結婚していないから私にとっての家族とは父母兄姉2人の5人が家族で、でも兄も姉もみんな結婚して新しい家庭を作ったから、そっちが家族なんだよね、だからつい距離感というか家族という感覚が抜けなくて困惑するんだという話を何度かしてきた。

だからこそ今回のこの言葉を聞いて、距離また詰めすぎて迷惑かけたかなと反省。

反省と同時にまたやらかした感。

私は本当に人との距離感をうまく保つのが下手くそだ。

0か100でしか人と付き合えない。

だから100の付き合い方を初対面でも意気投合するとやらかして、初めから距離詰めすぎて関係が破綻する。

学校でも会社でもフリーになってからもいつもそう。

セックスレッスンの常連様にも気をつけないと粗相してしまうとまずいので、厳重に自分の心は三重にも分厚い箱の中に仕舞い込んでいる。

もう誰も傷つけたくないと思うからこそ、気をつけなければと思うほど、0での人付き合い方法を選び、そりゃ関係は深まらない。

気がつけばみんな去っていく。

だから友達ができない。

家族は、家族だからと甘えすぎたな。

姉は姉妹であっても家族ではもうないんだ。

家族は守るもの。

『○○は私の旦那だ!!』と言われたように、もしこの先、何かトラブルがあっても、旦那の盾になることはあっても私の盾になることはないんだ。

まるで私を敵とみなし、旦那や子供たち家族を守るために立ちはだかる姉の画が何度も頭に浮かんで離れなくなった。

モヤついていたところに、たまたま電話が掛かってきた毒母にボヤいてしまったところ、私の悲しみと動揺が言葉と一緒に大粒の涙で溢れてしまった。

姉には悪意も何もないのだろうけど、ここから先には踏み込むなと疎外されたような気持ち。

こういう時、人の弱みに漬け込むのが上手いのが毒母。

私ももっとまともな人間に愚痴りたいのだけど、悲しいかな愚痴り相手は毒母しかいない残念な人間よ。

母に愚痴るくらいならこのブログで愚痴っていた方がよほど性格はなんとか保てる。

ブログで愚痴るなんて陰湿な人間にはなるだろうけど、母の反応が価値観として埋め込まれる方が攻撃的人格に形成されそうで怖い。

『姉ちゃんも兄ちゃんももう結婚して家族があるの。兄弟であって家族じゃない。あなたには私と親父という家族がいるでしょ。あなたの唯一の家族は私たちなのよ!』って言葉を言われてハッとしつつもさらに大粒の涙がボロボロ溢れた。

『ええぇーーー。全然嬉しくないし、最悪なんですけど。』と思わず拒絶の言葉が・・・我慢できなかった。

でも思わず笑いが出た。

この時ばかりはちょっと元気出た。

そうか私にも家族はいたか。

攻撃的痴呆の毒母とアルコール依存症の親父が。

癖ツヨだな。

まぁお似合いかもな。

3人とも共通して言えるのが、見事に友人がいないこと。

3人で結束固めるしかないのかもな。

めちゃくちゃ嫌なんだけど。

本当に家族は選べない、子供側のしんどみ改めて痛感。

自分の持っている家族が嫌なら、さっさと新しく自分の家族を作れってことなんだろうな。

それでまた失敗したら次の家族を作り直す。

2度目の結婚の母と3度目の結婚の父のように。

何度も家族を作り替え直せる、まるで人生ゲームみたいだ。

私もそうすればよかったのだろうけど、何せ引き寄せる男性運が悪すぎて無理だった。

今でも思い出すのは20代でプロポーズしてくれた男性2人。

いやだなぁ、いまだに思い出すなんて。

まるで過去を引きずって生きてる女って感じが後ろ向きすぎ。

今は自分自身に問題があるから結婚できなかったし、この先もできないだろうと割り切れるようにはなったけれど。

なんだか姉がはっきりと他人と感じることができて、お陰で気持ちの整理がつい気がする。

私は私の人生を歩むんだと。

多忙な姉夫婦に寄り添うために、姉の近所に引っ越さなくてよかったと。

別の田舎町に再び引っ越すか東京へ戻るかで、春頃ものすごく悩んだけれど、これで100%未練なく東京へ帰れる。

姉には姉の家族との人生がある。

そこに入り込む余地はゼロ。

もちろん仲良くはしてくれるけど、もう家族ではない。

家族ってなんなんだろうな。

子供の頃から一緒に育ってきても成人後、結婚後に他人になる感覚。

他人同士がくっついて家族と名乗る感覚。

兄弟なのに他人になった感覚。

結婚した側の人間には、あまり不思議に感じないのかもしれないけど。

残された側の人間って、生まれてからずっと持っている“家族”という情報をアップデートできないから距離感おかしいバグが起きるんだろうな。

ならばいっそ距離を100から0にするまで。

私は不器用だから人と50という付き合い方ができない。

相手が距離感掴むの上手な人だと50を保って関係を維持することができる時もあるけれど、それは相手のおかげ。

姉は誰か1人仲良い人が近くにいてくれればいいタイプ。

私はべったり仲良し2人組みたいなのが無理タイプ。

だから距離感うまくなくて、しかも姉妹だから100か0みたいになりがち。

バランス崩れるとメンタル疲弊する。

はやく東京に帰ろう。

この町にいても良いことない。

姪っ子と甥っ子との素敵な思い出には感謝しているけれど、発達障害ファミリーの慣れていないペースに飲み込まれるだけで、このままだと精神病みまくるだけだ。

6月以降の頭のバグは、姉や母とのやりとにも疲れ切ったという理由も絶対ある。

悩まなくてもいい、くだらない思考にもう囚われたくない。

距離感近すぎると揉めやすくなる、あるある。

私と姉は他人同士。

きょうだいはきょうだいであって家族じゃない。

残念ながら、おちぶれ罵り合いの老夫婦が私の家族。

お似合いかもしれん。

嫌すぎてつい忘れがち。

これからは頭の中で何度も再生し、自分に言い聞かせていかなくては。

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