実に8年ぶり。
正月の家族集まりに参加してきた。
母と喧嘩して首を絞めかけ、ずっとこの家にいたら頭がおかしくなって、そのうち殺してしまうのではないかと思うくらい憎み苛立ち大嫌いになって。
『次に会うときはあなたの葬式の時だから』と言って絶縁をした。
そして頭も悪く低収入、特技や才能があるわけでもない上に一人で生きていく術も知らず、住民税滞納で給料を差し押さえられた私は風俗嬢になるしか生きる道はなかった。
子供の頃から母の押し付け価値観に洗脳され続け、重い母の呪縛から解放されたいのに、忘れたいのに脳内がそうさせてくれない。
姉2人の旦那さんになった人は素敵な人たちで、うちの毒母のヤバさをすぐに見抜き、長年に渡り付かず離れずいい距離感をとって守ってくれている旦那さんたちだ。
私も20代の頃に出会った元婚約者は『お母さんやばいからちょっと距離置こう』的に守ってくれた人だったはずなのに、彼のDVも酷すぎて母からも逃れたいけど彼氏もやばいでどっちからも守ってもらえないという毎度のことながら私の男運のなさを発揮した。
姉2人は毒母の呪縛から救い出してくれた素敵な男性と知り合えているのに、どうして私だけいつもこうなの?と泣きまくったし、魅力のない自分を呪ったし、でも自分の何がいけないのかわからないし誰も答えをくれない。
10代の学生の頃はまだ親のヤバさに気がつけず。
その後、社会に出てから徐々に世間を知って親のヤバさに気がつきはしたけれども、長年にわたる洗脳と呪縛のせいでいつしか共依存状態に入って20代30代の20年は逃れられないことに苦しんだ。
子供の頃から仲良しの友達を作るのが下手で、学生の頃に仲良い友人に裏切られたり喧嘩ばかりしたり、いつも友情が長く続かなくて、自分の何が原因なのかわからないけど一気に深入りすると大抵友情関係は破綻するので、いつの間にか人と親しくなりかけると適度な距離を取ろうとする癖がついた。
喧嘩別れしたくないから。
本当は寂しいし誰かと深く友情を築きたい。
だけどそれができない性格が出来上がってしまった。
親しくなりかけると、それ以上深入りして自分の嫌な面で相手に不快にさせたくないし、相手の嫌な面で不快にもなりたくないという気持ちが働き、距離を縮めることにセーブがかかる。
そうすると相手に伝わるのか、出来立ての脆い友情はあっけなく去っていく。
特に女性は仲良しこよしべったり系を好むタイプが多く、かといって群れないタイプの人は自立心も強くてひとりでも全然平気だから連絡回数も徐々に減り、すぐに関係が終わる。
自分と同じ距離感を持っている友達欲しい人ってのがいないからもう無理なのかもしれない。
面識ないTwitterでさえ同業仲間さんと会話することもほとんどなくなったし、みんな去って行った。
実生活でもSNSでも友達作り下手な人間はどこへ行っても下手は下手だわな。
男運がなさすぎて結婚もできないし、親との人間関係も友人関係もうまく構築することができない人間が完成してしまった。
でもそんな大人になって20年も生きていると、ようやく?やっと?慣れて、開き直れる日がやってきた。
人から見たら寂しい人生だなって思われるかもしれない。
でも自分の人生は自分だけのもの。
周りの人間の価値観で気の毒に思われようと、自分が折り合いをつけて納得できているならそれでいい。
寂しい、寂しい、寂しいって。
底なし沼のように満たされない愛情を思い続けることにも正直うんざりしてきたし。
旅先だったりセックスレッスンのお客さんだったり、一期一会の出会いだって十分楽しめている。
生存確認しあえる友情がなくたって、具合が悪い時に面倒を見合えるパートナーがいなくたって、高齢の両親はあと10年程度で死ぬだろうとわかっていたって、その後50歳以降の私はひとりぼっちの人生が始まるとわかっていたって、それでも生きていかなくちゃいけない。
8年ぶりに参加した正月の集まり、総勢16名。
不参加だった間、私一人が欠けていた集合写真。
ひとりひとり若い者から今年の目標を言っていく。
『テストで学年10位以内に入ること』とか『栄養バランスを心がけた料理を心がけたい』とか。
そんな真面目雰囲気の中で言った私の目標は『YouTubeを頑張る』だった。
発言が完全に浮いている。笑
8年ぶりに帰ってきてこいつ何言ってるんだ?状態だわな。
明らかにこのファミリー層の雰囲気から浮いているなと感じた。
これが8年の空白か?
母と父の番になった。
『ようやく全員が揃った』と言って声を震わせていた。
そこ泣くところかよと心で突っ込む。
側から見たら私は完全に親不孝な放蕩娘じゃないか。
兄姉みんな疲れ切った顔をしていた。
母親たちは子育てに、出張に転勤にコロナ禍でもテレワークゼロのサラリーマン父親たち。
8年ぶりに会った義兄も年に2〜3回会うか程度の義姉もどっぷり疲れた顔してる。
家庭を作り子育てをすると、みんなそんなに老け込むのか。
姪っ子も甥っ子もみんな可愛い可愛い大好きだ。
自分のことをおばちゃんはねって私が言うと、持ち上げてくれているのか大学生の姪っ子が『おばちゃんって感じしないよね。おねーさんって感じ』って言ってくれて嬉しいねぇ。
姉が2人目を出産の時、まだ3歳だった上の娘を実家で私が一晩子守りをしたことがあって、夜になってママ恋しさに泣き始めたのだけども、『泣かないってママと約束したから』って頑張っている姿に気持ちをそらしてあげようと抱っこしながらベランダから夜空を眺めて、お星様についていろいろお話ししてあげたことを大学生になった今でもなぜか鮮明に覚えていると言ってくれて。
私それだけで嬉し泣き。
姉ももらい泣きしてた。
私も母親になってみたかったなあ。
今年一緒に海外旅行行きたい連れてってって言ってくれたり、移住先にも遊びに行くねって言ってくれて。
姉はまだ46歳なのに完治しない難病で、薬も効かなくなっているらしく、もしかしたら60歳まで生きられなかったら・・・とか考えると姪甥をもっと絆を深めたいとか大切にしなくちゃという気持ちが芽生えてきた。
私が20歳の頃、先天性の病気が見つかって片方の腎臓がダメかもしれないと言われた時、2人出産し終えたから必要あれば私の腎臓片方あげるからと言ってくれた愛情深く慈悲深い姉。
その言葉があったからこそ、今でも何かあれば姉の力になりたいといつも思っている。
そんな姉が難病になってしまって、でも何もしてあげられない。
ならば姉の代わりに姪甥たちに恩返しをしていかなくちゃ。
末っ子であるから、兄姉たちにはいつもお世話になりっぱなしだった。
恩返しをする方法をいろいろ考えてきたけれど、かけてもらった愛情は姪甥たちに恩返しすれば良いんだってことにようやく気がついた。
甥っ子は帰り際に『一緒にYouTubeやろーぜ』って言ってくれたり、『曼荼羅ちゃんみたいに自由気ままに生きたい』ってそんなふうに思ってくれていたなんて、子供には大人の良いところしか写らないんだなあと驚いたり。
親たちの世代には響いていなくとも、若い子供たちには何かワクワクしてもらえたんだ。
あと10年で私の両親はきっといなくなるし、友達も全然できないし、恋人もいない。
50代以降はひとりぼっち確定じゃんって開き直る準備を考えていたけど、私には仲良くしてくれる姪っ子と甥っ子がいるじゃないか。
ぶっちゃけ正月の集まりで7人分のお年玉の準備が憂鬱だった。
行くからには用意しなければ。
子供のいない私にとって、一方通行あげっぱなしになるだけのお年玉に昔は複雑な感情でモヤモヤだった。
自分ひとり生きるだけでもギリギリなのに、寒い1月から3月頃まで仕事はめちゃくちゃ暇になるから出費は控えたかった。
だけど慕ってくれる甥っ子姪っ子がなにより可愛い。
何か相談されたら一肌脱ぎたいし、喜ぶ顔が見たいからちょっとしたものなら買ってあげたいし、行きたい場所へは一緒に連れて行ってあげたい。
親になった兄姉たちは疲れた顔してるから。
父母は問題抱えすぎだけど、そんな親の苦労を分かち合ってきた兄と姉は大好きだし、その子供たちも大好きだ。
私にできることがあるなら何でもやってあげたい。
大好きな歌にもある『人のために何かをしたいと思えるのが愛ということを知った』と。
私のやり場のなかった母性愛の行き着く先をようやく見つけた気がする。
中学生以上になってくると自我もしっかりしてくる。
姪甥たちが小さい頃は兄姉たちもみんな付きっきりかかりっきりで可愛い可愛いだから、疎外感半端なかった。
それが姪甥が大きくなって友達のような感覚で会話できるようになった。
中学生で半沢直樹を読む渋い姪っ子に嬉しくなった。
ようやくちょっとだけ私ここに居場所を置いてもいいのかなって気持ちになれた。
兄姉たちからはきっと独り者の私は呑気でいいよなって思われているとは思う。
私からすれば一人で生きているプレッシャーは半端ない。
自分が倒れれば即生活保護行き。
白い目で見られるだけで誰も助けてくれないのだから。
なにせ今年の目標は『YouTubeを頑張る』とか小学生の目標みたいなこと言っているくらいだから、精神年齢も20歳で止まってると思っただろうな。
とても世間一般の40歳のおばさんの発言とは思えない。
でも私は子供を持つことを諦めた。
子宮は2度も手術してボロボロまんこな上に、高齢出産になるわけだ。
40歳も過ぎて無理やり親のエゴで一人っ子を産んだところで子供があまりにも可哀想すぎる。
健康に産んであげられる自信もないし、今の私と同じように結婚もできなかったら同じ孤独を味わわせたくないし、さらに知的障害や発達障害のグレーゾーンで生きにくさを味わわせる思いはさせたくない。
だから子育てに捧げるはずだったこれからの20年が暇を持て余すことになったので、もう一人分の人生を歩める。
20歳に帰った気持ちで60歳のばーさんになるまで初心に帰って人生楽しむ。
そのためにも姪甥7人もいてくれてありがとう。
しばらくは友達作りに悩まなくて済む。
兄姉がたくさんいて良かった。
お年玉だけがキツいけど、何かをしてあげたいと思う愛の方が上回ってきた。
私の2度目の青春、残り20年が始まったばかり。
上はもうすぐ20歳で、下はまだ7歳。
発達障害にHSPなどなど盛りだくさんの個性派揃いだ。
姪甥たちが結婚するまでは一緒に遊んでもらうとしよう。
何かをしたいと思わせてくれるこの無償の愛情を大切にしたい。
毒母であるおばあちゃんはすでに大きくなった姪甥たちからも嫌われている。
『ばあば、人の悪口ばっかりなんだもん』ってよく見て聞いているよ。
私も口だけの押し付けがましいおばちゃんにならないように気をつけなくては。
そしてみんなと遊んでもらうためには頑張って稼がなくては。
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