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このブログを始めて7年目に突入。

平均、月に10本前後の記事は書き続けてきた。

長く間が開いたとしても1週間以上は書かなかったことはない。

それがいつしか自分への強迫観念のようになっていて、書かないことの恐怖みたいになっていた。

発散するための息抜きの場所が、これでは本末転倒。

その原因は、人の気持ちが過剰に気になりすぎて疲れてしまった。

仲良くしてくれていたと思っていたSNS仲間さんたちがアカウントを削除したりと次々と去り。

転職したり、新しいことにチャレンジしている姿を見ると、取り残されている感を感じてしまう。

自分に仕事があっても、常に変化がないと不安なタイプだから、人が進化して成長している姿を見かけると、取り残されたような疎外感を勝手に感じて病んでしまう性質なんだ。

人は意図的に私に嫌がらせをしたり振り回したつもりでなくても、私自身が勝手に人に振り回されていると受け取ってしまうから、つくづく自分ってめんどくさいやつだなと思うわ。

寂しくて人と繋がりたくて。

ブログやツイッターで繋がることの楽しさ、1人じゃないと孤独を和らげてくれる力にたくさん助けられてきた。

それなのにこのコロナ禍で、みんながそれどころじゃなくなったというか、人に構っている余裕はないというか、風俗の世界から離脱していったりする姿を見て、いつしか勝手にSNSに孤独を感じていた。

ネットの繋がり。

繋がっているはずなのに孤独。

Twitterで見える皆んなの言動がリア充に見えて、結局昼職時代の友人を断捨離するためにFacebookをやめた時と同じような事を繰り返してるなって。

あの当時もFacebookから友達らが楽しそうに見えて、自分も寂しさを埋めるために毎週末休みのたびにどこかへ出掛けては写真を上げる。

けれど満たされず、孤独は増す一方。

自分と遊ぶよりも友達は自分以外の友達と遊んでいる姿の方が何倍も幸せそうだし楽しそうだと写真から勝手に卑屈になった。

友達に誘われる事がなくて、自分から誘わないと遊んでくれる人すらいない、その孤独感が辛くなったからFacebookを辞めたはずだったのに。

今また同じこと繰り返してるんじゃないかとようやく気が付いた。

Twitterで繋がっていたはずの人たちに次々捨てられて。(相手は捨てたつもりはきっとない。)

私にとっては裏表もないけど、みんなにとっては裏アカウントでただの暇つぶし相手。

リアル生活では必要とされてない私だったわけだ。

ここにも居場所はなかった。

馬鹿だなぁ自分。

寂しがりやだからすぐ本気で気持ち乗せちゃうんだよね。

相手からしたらただのどーでもいい面識の有無問わず赤の他人の暇つぶし相手なのに。

自分が勝手にSNS依存症になっていたのかも。

友達も話し相手も全然いなくて、SNSならと思っていたのにそれすらもほとんどいなくなって。

依存体質の人間は苦手とかいいながら、私自身がネットを通じて人に依存していた。

このままじゃ精神が保たない。

相手は意図的にしているわけじゃないのに、私が勝手に推測で被害妄想に走るなんて精神破綻する。

だから一回このブログとTwitterから離れてみた。

約半月も休んだ。

15日間更新も止めた。

そして今できることを考えた。

自分自身の心の虚無感とでもいうのか。

知識の枯渇。

アウトプットが乏しくなってきた実感。

そこにはインプットの不足。

人に何かを伝えるには知識や情報の習得と経験値、その両方が大事。

ただそのためには何の勉強をするべきか。

セックスレッスンに関する知識は時代に合うように価値観や情報をアップデートしつつ、ある程度学ぶよう意識してはいるけれど、それ以外のジャンルにも手を出さないと“それだけの人間”にしかならない。

たまたまお勧めで出てきて知った勝間和代さんのYouTubeをほぼ全部観て、私にとっては軽く雷に打たれたような衝撃。

Netflixやprimevideoなどを観ている暇があるならVRゲームをやって体を動かそうとか、服はレンタルで十分とか、投資、スマートウォッチやGoogleアシスタント、ヘルシオ推しの動画もロジカルな説明がとにかく目から鱗が多すぎてワクワクしてきた。

私にも出来そうとか、やりたいって思えることをたくさん教えてもらった。

その動画の中で、お金がない今の私にでもできることで、すぐに始められることがあった。

それは本を読むこと。

すぐに始めた。

ただの引きこもりなんだけど、自宅がまるで精神と時の部屋(ドラゴンボールネタ)になったかのように。

まず最初の10日間は誰とも接せず会話もなく、ひたすら読書に打ち込んだ。

加工食品や添加物も止めているから脳がスッキリしてるし、糖質も制限しているから昼寝も減ったし読書してても眠くならない。

隅田川沿いをウォーキングしながら読書もした。

久々の10日間の孤独、ネットに依存していた時は寂しさを誰かにぶつけていた。

でもぶつけても満たされないから余計に寂しくなって病む。

ならば逆転の発想。

『押してダメなら引いてみな』は私の好きな言葉の1つ。

その負の連鎖を断ち切るために、中途半端な全ての繋がりから離れてみた。

そして修行僧になったかのように、約2週間で30冊近くの本を読んだ。

以前の私なら1冊読むのに早くても3日かかっていたのを超簡単速読のコツも習得して実践。

せっかくAmazonのプライム会員なのだから、動画や音楽ばかりヘビロテしてないで、Kindleも活用しなくては。

自分では手に取らないであろうジャンルにもあえて積極的に読んで未知の世界の体験。

各ジャンルのベストセラーやランキング1位のものを片っ端に挑戦。

特に投資関係は今までに何度も意味が理解できなくてお手上げだったのだけど、何冊も読み続けると言っていることが少しわかってくるようになる。

勉強と同じで、説明が自分にとってわかりやすい先生とわかりにくい先生っているから、相性が大事。

同じジャンルの本でも著者を変えると言い回しが変わって、でも結論は同じところに行き着くから、説明に何通りもの変化を入れ込むだけで不思議とスッと話が入ってくる瞬間がある気がする。

YouTubeの本の要約チャンネル系も面白いけど、それプラスでKindleでも毎日2冊くらいは読み続ける。

今日から緊急事態宣言に入って、今月は既に仕事が暇暇だ。

ひとまず社会福祉協議会の融資も延長申請するしかなかった。

自分のせいじゃないし、もうしょうがないって開き直ってるからお金で病むことは今のところない。

メンタル振り回されるので、テレビもかれこれ2週間観ていない。

コロナのニュースも見るだけ無駄、不要。

本当に必要なニュースだったら速報がスマホアプリで受信できるし、拾いに行ける。

かなり世俗などから離れてみた15日間だった。

良い意味で生活に少し変化が出た。

やってみて良かった。

心配して連絡をくださった人は1人だけだけれども、居たことが泣けるほど嬉しかった。

色々断つと、本当に大切なものが見えてくるのかもな。

振り向いてもらえない人々を追いかけても寂しさと孤独が増すだけ。

ならばあえて超孤独の環境下に置いてみると、不思議と孤独から解放されたから不思議。

今とりあえずお金はないけど時間はある状況下で、SNSから離れつつ目の前のできることやりたいことが見えて、めっちゃ自分を取り戻してきた感じがする。

幸いにも離脱症状も今の所ないかな。

これでTwitterに張り付いたらまた戻ってしまうから適度にほどほどにする。

それにしてもストレングスファインダーのテストの結果通り、やっぱり私は学びを得るって本当に楽しい。

頭は良くないから勉強はできないけど。

緊急事態宣言が明けるまで、とりあえずの目標100冊の本を読んでみる。

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