認知症の正解

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北海道から帰ってきた翌日。

仕事で出かける準備をしていると、インターホンが鳴った。

同じマンションの同フロアに住む認知症のお婆さんだった。

毎度のことながら、『iPhoneが充電できなくて・・・』と残り2%になった画面に、Lightningではなく、MicroUSBを無理やりブッ刺して見せてきた。

このやりとり何回目だろうか。

そもそもMicroUSBなんて使う機会はもうほとんどないのだから捨ててしまわないとiPhoneが壊れるぞ。

画面もバッキバキだし。

私のiPhoneは機種変したので手元にあるのはタブレット類も含めTypeCのケーブルばかり。

出かける支度もあるし、Lightningを探す時間もないので、3タイプのケーブルが付いたモバイルバッテリーを差し込んであげて貸した。

大抵2時間くらいすると充電が終わったと言って返しにきてくださるのだけど、帰宅が遅くなるから返却は明日で良いですよといって扉を閉めた。

1日経ったら多分忘れてしまうだろうと覚悟の上。

翌日、再びお婆さんがやって来た。

お?返却か?と思ったら、『スマホの充電ができなくて・・・』と再びMicroUSBのケーブルをブッ刺してiPhoneを持って来た。

えええええ。

『昨日、モバイルバッテリーで充電しながらお貸ししたのはどうしましたか?』と私。

え?という顔して、覚えていない様子。

どんなやつ?と聞かれたので、スマホと同じくらいの大きさでケーブルが3種類付いている真っ黒いやつですと説明したが、家にはないという。

うーん、困った。

モバイルバッテリーは他にも何個か持っているから貸すのは簡単だ。

だけどこのまま再び貸しても一方通行で貸しっぱなしが増えるだけで何の解決にもならんな。

こんなやりとりを玄関先でしているから、声が大きかったか?

いつも仲良くしてくださっている隣の部屋の足の悪いお婆さんが廊下の窓を閉めに出て来て、気にかけてくださっていたのが救い。

何か口に出すわけではなくても、認知症のお婆さんが私の部屋によく来ることを知っているから、気にかけてくれている人が近くにいるってわかるだけで私も救われる。

だけど貸したものを忘れ失くすというのは、認知症として遅かれ早かれきっと起こるであろうと思ってはいた。

その時が来たら、おばあさんのお子さんに連絡しようとは思っていた。

うちにあったLightningケーブルは前に何本かおばあさんにあげてしまっているから、もう手元にはあまり残っていないし。

『お嬢さんの連絡先を教えていただけますか?』というと素直に教えてくれた。

お子さんは長男、長女、次女の3人。

みんな仕事が忙しくて実家に寄りつかない。

子供を連れて実家に帰省している姿なんて1度も見たことがない。

長男の息子さんなんて同じ新宿区民なのに。

こういう姿を見ると、どんな親だったのか、どんな母親だったのか、どんな育て方をしたのかがちょっと想像つく。

長女さんに電話をかけたけど繋がらなかったので次女の電話は留守電になったのでメッセージを残して切った。

ひとまず今日のおばあさんのスマホの充電は20%くらい残っていたので、モバイルバッテリーは貸さずに帰ってもらった。

3時間後に長女さんから電話がかかって来た。

そうか、この家庭のリーダーは長女さんか・・・と察した。

ひたすら謝り倒す長女さん。

謝らないでくださいと何度も言うしかない私。

この先も定期的にお婆さんが私のところへ来ることは想定しているので、余計なお世話と思いながらもちょっと状況を伺った。

訪問介護のヘルパーさん、訪問医師に看護師さんなどが来てくれているのだとか。

たしか81歳、びっくりするくらい足腰丈夫で、小柄だからピョンピョン身軽に跳ねれるくらい健康なのに、脳だけ先にやられてしまったか。

このマンションに引っ越してきて約4年。

初めの頃は旦那さんを亡くして寂しい人懐っこい印象程度だったのに。

たった4年でここまで進むのか。

笑顔で笑った時に歯周病まみれで黒く歯抜けになっていたのを見ると、認知症と糖と歯周病の因果関係を感じずにはいられなかった。

『今日はもうそっちに伺えないので明日午前中に行きます』と電話越しに疲弊し切った長女さんに、『モバイルバッテリーは他にも持っているので、見つからなかったら弁償はしなくていいです。iPhoneの充電口が壊れてしまうから他に使っていないのならMicroUSBのケーブルは捨てることと、もし充電ケーブルを購入するのならド派手な色とかバカでかいLightningケーブルを購入することを薦めます。』とだけ伝えて切った。

翌日10時過ぎ頃に入電。

今モバイルバッテリーを探しているのだけどどんな形ですか?と。

スマホサイズの黒いやつと説明。

バタンバタン、ガサガサ、電話越しに物屋敷を伺える音がした。

2〜3分して『あったーーー!!!』と長女さんがため息混じりの声で叫ぶ。

『今からそちらに伺います』

同じフロアなのですぐに来た。

お婆ちゃん、申し訳なさそうに。

でも娘に強く言わされている感が強い謝罪。

私の目の前で、長女さんが用意した立派にでかい菓子折りを母親に渡してそれを私に渡すよう指示を出す長女さん。

気軽な物の貸し借りしただけなので、わざわざお金使わなくて良いですからって言ったけど。

うちの親も軽い認知症みたいなところがあるから、みんなお互い様精神であまり何度も謝りすぎないでくださいって言ったけど通じている感じがしない。

ただただ他人様に迷惑かけることは許されない雰囲気がひしひし伝わってくる。

うちの母と同じ終戦年生まれで、大事に大事に過保護に育てられすぎたか、お嬢様のように育てられたのか、面倒見の良い旦那さんにも恵まれてしまったんだろうな。

そうすると子供が異常にしっかり者になるしかなくなる。

湿気のせいか?髪を若干振り乱しつつ、そんな常識や体裁に厳しそうなピリピリした雰囲気で謝罪を繰り返す長女さん。

なんだかこちらが謝罪と菓子折りを要求したわけでもないのに、ここまで大ごとにされると心苦しくなってくる。

充電ケーブルを失くすという同じ問題を繰り返さなくてもいいように対策をと思って連絡をしただけなのだけど。

自分にも厳しい人って人にも厳しい。

そこに愛のある厳しさなら良いことだけど。

それが今の監視社会というか、見張られている感を勝手に感じて他人も監視して、互いに厳しい視線になるのだろうか。

もっとゆるくお互いにドンマイ精神で生きられたら、精神手帳持ちや引きこもりも減るんじゃないかと思う。

罪を憎んで人を憎まずじゃないけど、病気を憎んで人を憎まずだと思う。

家庭内でのピリつく雰囲気から、うちとはまた違う家族の毒を感じた。

つい最近、サウナの水風呂であまりに声のでかい20代の女子2人組がいたので小声でと注意したのだけど、ちらっと私を見て面白くなさそうな顔だけされた。

その10分後に水風呂の前でしゃがんでかけ水しようとしていたところにサウナから出て来たその女たちが思いきり扉を開けたもんだから、裸で無防備な私の膝にガン命中。

悶絶してちょっとしゃがみ込んでいる私の姿を見て放った言葉は『あっ』だけだった。

昔は『ごめんで済むなら警察はいらない』って言葉をよく聞いたものだけど、最近は『ごめんも言えない人が増えたから警察が必要だ』とひしひし感じる。

そんなに謝る必要のない場面で謝りすぎる人、ここはわざとじゃなくても一言謝れば穏便に済むところで謝れない人。

もう極端すぎる人だらけでほんと疲れる。

そう感じてぼやいてしまう私の正義も歪んだ認知と言われてしまうのだろうか。

モバイルバッテリーの件で娘さんに電話してしまったこと自体が良くなかったのだろうか?

メンクリのカウンセラーさんにも話したけれど、答えが出るわけでもなかった。

ほんと何が正解で、何が間違っているのか、答えは1つじゃないからこそ難しい。

正解がないと頭では理解しているつもりでも、全員が笑顔でいられる心の正解は知りたいと思ってしまう。

 

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