3ヶ月に1度の生理休暇が明け、8日ぶりにまともに人と話した。

長い休み中、風俗嬢さん誘ってお食事でもしたかったけど、なんだろう・・・メンタル回復しても今だに躊躇してしまう自分がいる。

それとこのいつまで続くか分からない閑散期にお金を使うことの不安。

なんだかんだみんな稼がないといけないから、忙しい風俗嬢さんが多く、直前のお誘いなんてなおさらしにくい。

でも自分は常にお客さんの予約受けを優先解放しているから、直前の約束の方がしやすいのでだから誘いにくい。

せっかくたくさんの人と出会えても、こうやってまたどんどん疎遠になっていくのかな。

自分が選んだ方法なのだから仕方ない・・・わかっちゃいるんだけどさ。

しかも1日が12時間しかないんじゃないかと思うほど年々1日が短い。

1週間が4日くらいに感じるほど1週間があっという間に過ぎていく。

歳を追うごとに時間を刻む早さが目まぐるしく早い。

あっという間な1日、今日も1日私は何をしたのだろう、何か残せたのか、何もしていない。

毎日毎日私はただのうんこ製造機。

そんな日々が続く。

一体何がしたいのだろうか自分でも分からない。

去年の秋頃から冬にかけて、訳もなく無性にさみしさを感じる時が続いた。

いい加減孤独に慣れろと自分に言い聞かせたいけれど、ひとりぼっちになって約5年、本当に孤独とは一生慣れる事がないんだなと改めて痛感。

プライベートレッスンで出会った男性方の反応を見て、人に必要とされることに生き甲斐を感じてこれたけれど、人に喜ばれて心は承認欲求で満たせても、将来への不安とお金への安心感は満たされない。

一期一会の出会いで、感謝されてもただそれだけ。

もちろん感謝に見返りは求めない。

それは理解しているのだけれど、なんだろうこの言い表せれない感情。

いい加減やめる時なのかなとか、もっと本格的にホームページ作ったり広告出して間口を広げるべきなのか・・・今月は特に悩んでいる。

そんな時期に突入したのかもしれない。

人間ドックの結果も決して良い訳じゃなかった。

子宮頸癌の手術ももう少し、もう少しと先延ばしにしているのは自分のため?必要としてくれているお客さんがいるからと自惚れていないか?

昔からそうなんだけれど、相手に望まれてもいないのに、自惚れて自分の心と体を犠牲にしたくなる性分、いい加減やめたい。

ほんと何がしたいんだろう。

ありがとうと言われても、言われれば言われるほど孤独感は増していく。

感謝されたところでいざ誰かが私を助けてくれるわけではない。

感謝されることに陶酔し過ぎてるのかも。

20代の頃のちやほやに似て居る気がする。

若くて可愛いねで10年外見だけで生きてきて、30代になったら見向きもされないおばさん。

太ったババアがこの生活も50代になってもできているとは到底思えない。

特に最近はやたら60歳過ぎての本当の孤独についてばかり思う。

今はまだ、おばあさんではないから、街中で知らない人とも会話できる機会がある。

変な人でも声かけてくる人はかろうじているからまだ笑える。

それでプチコミュニケーション、言葉を発せる機会は得られる。

でもおばあさんになったら、それすらもなくなる本当の孤独がやってくる。

寝ても覚めても1人、外に出かけても会話する人も声掛けてくれる人もいない。

やっとかかってきたと思って電話に出たらオレオレ詐欺とかでさ。

そんな孤独に慣れる日が60歳過ぎたら訪れるのか?

心が不感症にならない限り無理だ。

毎日毎日寂しくて、誰か話し相手が欲しくて泣いてるおばあさんとか想像してしまう。

今現在の生活をし続けていたら、このまま行けばそんな将来が見えてしまう。

昼職の会社って良いよな。

誰も会話する相手がいなくても、誰かしら周りに人が居るんだもの。

病むのわかっていて、またOLに戻るというのもおかしな行動のようにも思えるし。

でも自分の体のことを考えたら一刻も早く癌化する前に手術しないといけないし。

器用に掛け持ちや同時進行がこなせない自分の要領の悪さが嫌になる。

一体何をしたいんだろう。

このまましばらく突き進んでいて良いのだろうか。

はたまた何を優先させるべきなんだろう。

徒然と書き出すことによって導き出せるかと思ったけれど、何も浮かばない。

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