出稼ぎを辞めて、全然指名が入らないお店で踏ん張ってなんとか東京で頑張り始めた9月。

相変わらず閑散期と重なってさらに鳴らない。

嫌なことも続いてる。

そんな中唯一の救いは、リピートしてくださったお客さんとこのブログで知り合った同業の方々との繋がり。

風俗嬢は孤独なお仕事。

そのせいか人一倍寂しがりやだったりかまってちゃんも多い。

だけどめんどくさがり屋で。

でも寂しがり屋の独り好きだったり。

私の実家はカラオケスナックなので物心ついた時からカラオケをしていた。

なので学生時代にカラオケボックスなんてほとんど行ったことがない。

わざわざカラオケするのにお金を出してまで行くという感覚がよくわからなかった。

20代の時は実家のスナックで友人30人くらいを呼んでは貸し切りパーティーなんかも何度かやった。

約10年?

それ以来歌っていない。

両親と距離を置いてもうすぐ4年。

実家の店にも行くことはなくなったので、歌うことすら遠のいた。

先週末嫌なことがあった時、なんだか無償に声を出したくなった。

でも一人カラオケなんて行ったこともない。

Twitterのフォロワーさん達に聞いていみると、意外とみんな一人カラオケに行くそうで背中を押してくれた。

勇気を出して深夜23時頃にいざパセラへ。

懐かしい曲から大好きな曲をノンストップで歌いまくった。

もちろん心のデトックスうた、その1とその2で挙げた曲も。

心にグッとくる歌もあって感情移入しながらウルウルしつつ歌う。

でもなんだかそこまでじゃない。

今までの自分の中での泣き歌を歌っても全然大丈夫だった。

その時の心境や状況で感情移入するから、どれも当てはまらなかったよう。

いや、心が空っぽすぎて何も感じなかっただけなのかも?

ところが朝5時まで歌い続けている途中、4時頃。

ある曲を歌い始めたワンフレーズ目からもうボロボロ涙が止まらなくなった。

その曲は、音楽関係の仕事が長い両親と親しい付き合いをしていたある作曲家の先生が作った遺作。

小さい頃にはキャンプに行ったり実家にお泊りに招待してくださったりした優しい先生。

毎年忘年会の時には来てくださって一緒に歌ったりしたこともあった。

ところがある時、喉のがんで声を失ってしまった。

この先生が歌った曲が音楽配信されているのだけれど、振り絞るような元気だったころの声とは程遠い。

64歳というまだまだこれからなのに自分の死期をわかって、やりきれない思いと自分の歌声で作品を残したかったのだろうと思うと聞いていて胸が苦しくなった。

そしてMVの本人映像で先生との思いでと家族を思い出してしまい、涙が止まらなくなった。

あぁ両親にも先生にも会えないんだ。

いや、両親は絶縁しているんだ。

めんどくさい。

会いたくないんだ。

なんて強気でいきがっていてもどこかで寂しいのかもしれない。

先生の顔と家族の顔が並んで見えて涙で歌えなくなった。

今の私の心境にぴったり過ぎた。

誰にも言えず、墓場まで持って行く気持ちでやっている仕事。

もはや心どころじゃない。

生き方自体ウソだらけ。

なんでそこまでして生きているんだか意味が分からなくなる。

頼る人も好きな人も大切な人もいない。

けれど無性に寂しくなるときがある。

そんな時特定のこの人とかじゃなく、誰かが恋しい。

結局もう誰でもいいのかもしれない。

“誰かが恋しいならば” って表現がぴったりしっくりしすぎて、また声にならないほど泣いてしまった。

あなたでもあの人でもない、誰か。

2番の1小節目。

“秘めたままさよならできるなら”

母に最期ケンカ別れをした時に言った私の酷い言葉を思い出してしまった。

「次に会う時はあなたの葬式だから」

ものすごく勘の鋭い人だから、もう気が付いているかもしれない。

それでも死んでも言えない。

さよならする時まで言えないし、この仕事をしているうちは会えない。

そんなことを考えたら辛すぎた。

私はなんでこんな生き方をしてまで生きているんだろう。

“死ねるほどの潔さ” がないからだ。

死にたくなるほどのどん底まで落ちたけど、それでも死ねない。

そんな勇気はないちっぽけな人間。

身近に自殺をした人間がいると、死ねる勇気がうらやましくなる時がある。

あぁほんとなんで生きているのだろう。

こんな生き方をしていて、この先何か幸せなことでも待っているのだろうか。

そんなことを歌詞に重ねて考えながら歌っていたら、喉が締め付けられるような悲しさや辛さが一気に溢れてきて、しばらく泣いてしまった。

そしてまたこの日記を書いてたら涙溢れてきた。

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